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“出戻り”だからわかった、インパクトを出すためのプレイドの開発カルチャー

働いていれば、誰でも一度は頭をよぎる「この会社に、このまま居続けていいのだろうか」。

就職・退職・転職は人生の転機になるライフイベントです。耳触りの良いメッセージだけをその判断材料にする方は多くないでしょう。プレイドへの関心のあるなしにかかわらず、今後の活躍の地に悩む方に、可能な限りリアルな話をお届けしたい。このような考えから今回は、一度プレイドを辞めて、また戻ってきたエンジニア韓徹(かんてつ)へのインタビューを行いました。この過程が、プレイドという会社のカルチャーや環境、大事にしている価値観への理解につながったら幸いです。

入社直後の手痛い失敗

──まずは自己紹介をおねがいします。

エンジニアの韓徹と申します。カンテと呼ばれています。KARTEのマーケティングオートメーション機能「KARTE Message」の大事な構成要素である「Journey」の開発をリードしています。Journeyは、ユーザーのカスタマージャーニーを直感的かつ柔軟に描けるシナリオエディタ。プレイドを辞めるときもJourneyを担当していて、今もその管理画面の開発と改善を担っています。

株式会社プレイド エンジニア 韓徹

──最初にプレイドにジョインした経緯を教えてください。

入社したのは2018年1月。五反田オフィス時代です。銀座に移転する前のタイミングで、たしか社員数は60-70名くらいでした。エンジニアの立場でサービスづくり、そして事業づくりを牽引する役割になりたくて、それができるフェーズの会社がいいな、と。入社直後は当時のBizDev(事業開発)のチームに入ります。

──入社直後はBizDevチームだったんですね。長くDev(開発)チームでエンジニアを務めていたと思いますがどのような経緯があるのでしょうか?

実は、BizDev時代はすぐに終わりを迎えてしまうんです。組織改編でチーム自体がなくなったのもありますが、そもそも個人としてパフォーマンスを全く発揮できなかった。入社直後の焦りもあったし、本当に苦労しました。「あいつ、大丈夫か?」とまわりにも心配をかけてしまいましたね。思い返すと、色々な人が声をかけてくれました。

入社から4ヶ月ほど経って、当時はCTOだったナオキ(※1)さんとちゃんと話す機会があり、そこで「カンテは一回、ちゃんとエンジニアリングをやったほうがいいよ」と言ってもらいました。

自分がプレイドでどういう役割を担えるようになりたいかを改めて伝えるとともに、会社としての自分への現状評価と期待や、ナオキさん自身の考えも話してくれました。「そうであるなら、なおさら今は開発をがんばれ。KARTEをちゃんと理解しよう」と。それで、BizDevからDev(開発)チームに移ります。

※1 プレイドCPOの柴山のこと。

つくったプロダクトが、本当に使われている!

──これでDev時代が始まるわけですね。

そこから色々な機能の開発に携わりましたが、特にKARTEの管理画面まわりを中心に担当することに。下手でもいいからとにかくコードを書いて、実装しまくることにフォーカスしていきました。

そこで「これだ!」と思った経験をします。

2018年の末、大きな契約のかかったチャット機能のリニューアル案件で、開発リーダーを務めることに。単に機能を開発するのではなく、その顧客企業に実際にチャット機能を使ってもらい、自分も顧客との会議に出てフィードバックを直接もらう。そして、チームの開発方針を決め、軌道修正の指示を担うことになります。2ヶ月くらい、開発と社内外でのコミュニケーションに集中して取り組みました。

結果として、顧客からは「これだったら使えます」という評価を得て、無事契約となりました。そこから社内での自分への見方や自分への期待が変わったと思いますね。

──失敗から入っている分、達成感も大きかったのでは?

そうですね。やっと仕事の楽しみも覚えたという感じ。「やりたかったの、これだわ」って。

一番感動したのが、ぼくたちが開発したプロダクトが本当に使われて、その人たちの仕事をつくっているところです。その企業に無事導入してもらったあとに、実際にチャットオペレーターさんたちが働いているところを見学させてもらえる機会があったんです。

そこでは約10人のオペレーターさんが、ぼくらのつくったチャット機能で業務をしているんですよ。見たときもう、涙出そうになって(笑)。こんなにたくさんの人が実際使ってる光景、見たことなかったので

この方たちは、KARTEがなければ今チャットを返せていないわけじゃないですか。もちろん他にもチャットツールはありますが、とにかくそこで自分の開発したものが実際に使われて、実際に仕事になっている。それを肌で感じて、すごくうれしかったんです。「これだ」という瞬間。

──それはうれしい原体験ですね。そこでブレークスルーできたと。

はい、それがやりがいという意味での原体験。実はもうひとつあって、言うなれば仕事の進め方での原体験ですね。

2020年8月ごろ、ユーザーリストやユーザーストーリーといった「ユーザーを知る」画面のリニューアルをリードしました。「解像度高くユーザーを知る」がKARTEの特徴なので、ユーザーストーリーはその象徴のような機能であり、大事な「画面」です。ここをもっと使いやすくアップデートできれば、他のプロダクトや機能の価値をもっと上げることができる。「カンテに任せる」と言ってもらえたのはうれしかった。

この画面はKARTEのブランドとも言えるので、自分のチームだけで開発するのではなく、デザイナーやチャットサポート、ビジネスのメンバーなど多くの人を自分で巻き込みながら進めていくことができて。チーム内に閉じるよりも良いものができあがっていく手応えを得たし、なにより楽しかった。KARTEの開発を長年主導する経験豊富なエンジニアたちから「めっちゃええやん。これは使える」と評価してもらえて、忘れられない経験です。

思い返すと、入社直後はBizDevという役職に囚われすぎていたんですよね。この肩書があればビジネスとエンジニアリングのハブになれると思っていたフシがあり、それが失敗だった。

しかし、さまざまなトライをさせてもらえる機会を得て約4年、エンジニアとしても一定認められたかなと思います。手応えを持ちながら、日々の仕事に取り組めていました。

「カンテ、もったいないよ」

──しかし、退職の決断をされたわけですよね。きっかけなどを教えてください。

プレイドでは一定の成果を出せたと思ったのがきっかけです。例えば「韓徹といえばユーザーを知る機能」など、バイネームで開発対象が紐づく仕事はある程度できた。でも、ぼくがこういうかたちで取り組めるのは、まわりのメンバーのサポートがあってのことですよね。次は、その環境をつくる側になりたかった。そのために個人としてもっと成長する必要があると考えましたね。

だから、慣れた環境のプレイドではなく新天地で、自分の価値をどれくらい発揮できるかを試してみたくなりました。

年齢の観点も正直あります。当時28歳で、30代目前にして「この先どうするか。環境を変えたほうが自分の成長のためには良いのだろうか」という考えもふつふつと湧き上がってきました。

恥ずかしいのであまり言いたくないのですが、クラケン(※2)さんがプレイド創業したのが28歳のときなんですよ。創業なので転職とは重みが違うのは重々承知の上で、でも意識してしまいましたね。あと、Devで同級生だったメンバーがプレイドを辞めて起業にチャレンジしていた。今思うとこれも大きかったかもしれない。

※2 プレイドCEOの倉橋のこと

──プレイドでの仕事が充実しているなかで、退職のリスクは考えなかったのでしょうか?

もちろん考えました。でも、思い残しに見て見ぬ振りしてずっとここにいるのは良くないという考えが強かったですね。まだ28歳だし、ここで挑戦して失敗しても、なんとかなるだろうと考えました。失敗から学ぶタイプなので、失敗してもデメリットよりもメリットのほうが大きいだろうと。

──それで辞める意思決定をしたわけですね。「退職します」とまわりのメンバーに伝えたとき、どのような反応でしたか? 記憶に残っている場面などはありましたか?

マッキー(※3)さんに伝えたときに「もったいないよ」と言われましたね。

当時のぼくは、環境がまだできあがっていないフェーズの会社で挑戦したかった。だから、プレイドよりも小さな規模の会社にジョインすることを決めていたんです。

でもマッキーさんは、このように言う。

できあがって間もない規模の小さな会社には当然さまざまな困難がある。仕事は多岐にわたり、一人ひとりの裁量も大きい。しかしそれは、どのスタートアップでも直面するハードシングスである。一方、今のプレイドが立ち向かうべき困難は、どのスタートアップでも経験するそれとは質が異なる。日本を代表するような多くの企業にプロダクトを活用いただいており、プロダクトはどんどん進化し、カバー領域も広がっている。カンテが入った頃に比べてメンバーも格段に増えた。それでも、開発の質とスピードを落とさないようにプレイドのユニークな組織体制の良さを残そうと試行錯誤している。このハードシングスは「プレイドならでは」。他の企業では、容易には味わえないものなんじゃないか、と。

「一番大事なのは、インパクトを出すかどうかじゃない?」という話も記憶に残っています。小さい規模の会社で裁量が大きくても、そのサービスが世の中にインパクトを提供できていなかったら、だめじゃないか。プレイドはそのインパクトを出せるポテンシャルがあるし、今は会社としてもう一皮向けて、インパクトドリブンで進めていくためにもがいてる段階なのだと。

言われたときは、「たしかに」と思いました。

※3 プレイドCTOの牧野のこと。

──そこで辞めるのを止めてもよかったのではないでしょうか?

繰り返しになってしまいますが「新しい挑戦をしないわけにはいかない」という考えが常にあったわけです。例えば、半年先の自分への期待もある程度わかってしまった、とそのときは思っていた。

一方で、期待される仕事をこなしていくなかで、その先になにがあるのか、会社としてどのようなキャリアパスがあるのかは不透明だったと認識していました。道は自分で開けよって話なんですが、だったら社外も選択肢に入るだろうと、辞める決断をしました。

カルチャーも環境も、誰かの努力でつくられている

──新天地はどのような会社で、そこではどのような役割を担っていましたか?

BtoB SaaSを運営する企業にエンジニアとして入りました。全体で約40人規模、エンジニアは15人ほど。ぼくがプレイドに入った当時とは逆に、ビジネス側のパワーで事業を推進しており、開発側の拡充が課題でした。

ぼくは開発もしつつ、ビジネス側とも連携してどんどん事業拡大に貢献していきたかった。面談の際には代表の方に「まさにその経験とパワーこそ必要だ」と言っていただき、自分にマッチすると感じて入社しました。

プレイドでの成功体験があったので、それをもとに新天地での働き方をイメージしていました。入社して1ヶ月、オンボーディングが終わったタイミングで力になれそうな実装があったので手を挙げたのですが、始めてみるとプレイドとは体制や開発思想が異なるということもあり、なかなか上手く進められなかったんです。開発思想の良し悪しではなく、自分にとっての慣れが大きいように思います。

プロダクト開発は一人の力だけでできるものではなく、まわりのメンバーに自分の意志を適切に伝えて、人を動かす必要がある。それはめちゃくちゃ大変なことだと、今さら気づいたんです。プレイド時代に人を巻き込んで開発を進められた成功体験は、実はぼくの能力というよりも、まわりの環境のおかげだったんですね。組織カルチャーというと一言で終わってしまいますが、時間をかけてつくった開発思想やそれを体現するための体制が自分にフィットしていたからぼくは成果を出せていたことが、やっとわかった。

そのカルチャーや環境は実は稀有で、放っておいてもできあがるようなものではない。意思を持った誰かの努力の上に成立しているものだと、外に出て身を持って知りました。

──その会社に留まり、自分が良いと思う環境づくりに挑戦する発想はなかったのですか? そもそも環境をつくる側になりたかったのでは?

はい。意気込みはあったし、トライもしたのですが、難しいと思ってしまったんです。前提の考え方に大きな乖離を感じてしまい、良い悪いではなく、自分には合っていなかった。自らが信じるかたちをつくれなかったのは力不足だと言われると、その通りです。

そこで今後どうしようかとかなり悩んでしまい、プレイドのメンバーにも相談に乗ってもらっていました。その過程で、自分のなかでプレイドに戻る選択肢が出てきて、改めて面談という形で話す場を重ね、もう一度入社するという運びになりました。

──プレイド以外の選択肢もあったと思いますが、どうでしょうか?

他の会社とも面談させていただいたし、よくよく考えたのですが、マッキーさんが言った「インパクト」という言葉がずっと心に残っていたんです。なんでこんなに脳裏に焼き付いているんだろうと改めて考えたんですね。やはりぼくも、それこそGoogleのような世界中の人々が使うようなプロダクトづくりに挑戦したいんじゃないかと気づくに至りました。KARTEにはそのポテンシャルがあると辞める前も後も、そして今も信じています。

しかも、そう信じているのはぼくだけじゃない。Devの少なくない人数が、KARTEは大きなインパクトを出せるプロダクトだと本気で思っているし、そうするために開発をしています。それを知ってるから、プレイドに戻ることが自然と選択肢に入ってきました。

あと、やっぱり、ぼくKARTEが大好きなんですよ。自分たちで開発したKARTEでユーザーの動きを一人ひとり見て、それをKARTEの開発に生かしていたので、KARTEの価値を誰よりも感じていたんでしょうね。

それで、短い期間で退職することなってしまったその会社さんには申し訳ない思いでいっぱいですが、プレイドに戻る決断をします。

──開発思想の「合う・合わない」という話がありました。プレイドの開発思想についてどう理解しているか、もう少し教えてください。

最優先はスピード。スタートアップの競合優位性はスピードしかないと思うんですよ。大企業ではできないような圧倒的なスピードで開発し、新しい価値を提供する。インパクトを出して、市場を獲得する。自分としても、最も大事なポイントです。

しかし、じゃあとにかく早くやればいいとか質が低くても関係ないかというと、そう単純ではないのがぼくが辞めるときにマッキーさんに言ってもらった話に通じます。

今のKARTEは多くの方に使っていただいて、市場でも一定の存在感を出せている。しかし、ぼくたちは現状に満足しているかといえばそんなことはまったくない。やらなければいけないことはまだまだあるし、多くの方に使っていただくことでやらなければいけないことはさらに増えていってもいる。活用企業からの信頼が積み重ねられるほどにぼくたちに対する期待は大きくなっていくし、その分ぼくたちには責任が生じていく。

このような状況では、純粋にスピード「だけ」を重視した開発をすればいいわけではない。あえて単純化すると、攻めるところと守るところをちゃんと分けた上で、「ここはがんがん攻めてインパクトを出す」「ここは絶対に守る」ということをシビアに区別するイメージです。

これは、多くのスタートアップが最初に直面する「攻め全振り」のあとのフェーズでのチャレンジです。ぼくたちはこのステージで開発スピードを最大化するために必要な価値観の浸透と環境の整備を進めています。

価値観と環境の話に通じますが、プレイドのDevは誰でもフラットに話を聞いてくれますし、話をしてくれます。権限が平等とか、トップダウンの意思決定がないということではなくて、疑問に耳を傾けてくれる。リーダーのメンバーに疑問を伝えて、それが的を射た内容であれば検討してくれるし、違っていればその理由も教えてくれる。スピードとインパクトを両立させるためには、本当の意味でのメンバーの主体性こそが重要ということだと、ぼくは理解しています。

疑問を投げかけて「そう思うなら勝手に自分でやれば?」といった感じでもなくて、チームや組織で向き合うべき問題であれば、リーダーを中心に解決に向けて協力してくれます。だから納得して進められるし、面倒なことになるから言わないでおこう、ともならない。

インパクトドリブンという本質

──意地悪な質問ですが、カンテが辞めていなければJourneyはもっと早く開発を進められたのではないでしょうか? 改めて辞めたことについてどう考えていますか?

自分の立場でこのようなことを言っていいのかわかりませんが、辞めてよかったです。辞めていなかったらもっとうぬぼれて、仕事の幅を広げようともせずに、確実にバリューを出せる領域に終始していたと思います。でもそれは環境のお膳立てがあってのこと。環境やカルチャーをつくり浸透させていく側になることが大事だとわかりました。先ほども言いましたが、意志を持った人が浸透するように行動しているから、カルチャーはできているんですよね。それは一度別の会社に行かないと理解することができなかったと考えています。

たしかに辞めずにいたら、Journeyはもっと早くリリースできていたかもしれない。でも、うぬぼれて文化を享受するだけだったエンジニアが、組織でバリューを出すための本質に気づくことができた機会になったということで、許してほしいです(笑)。

──カンテとしては必要なプロセスだったということですね。では、これからプレイドでチャレンジしたいことを教えてください。

最初にプレイドにいたときとはレベルの違うアウトプットを出すつもりです。そうでないと「居心地の良いところに戻ってきただけじゃないか」と思われてもおかしくないので。

開発だけに終始せず、つくったプロダクトをきちんとデリバリーして、世の中にインパクトを出していくことにトライします。個人的には「伝えるところまでが開発」と思ってるので、これまで以上に幅広く人を巻き込めるようになりたいですね。

エンジニアがそれをできると事業と開発が上手く連携できて、もっと早く、もっと良いものがつくれて、もっと事業を伸ばせるようになるはず。プレイドにも、こういう動きができる人は多くないと思います。

この過程のなかで、カルチャーを浸透させていく動きもしていきたいですね。メンバーとコミュニケーションをするとか、意図や狙いをちゃんと伝えるところから。

──期せずして、プレイドに入った当初のBizDevのような話になりましたね。たしかに、今言ってくれたような動きのできる人がもっと増えると頼もしいなと感じます。

再現性の観点ですよね。今のプレイドはそれができる環境だと思うんですよ。エンジニアだから開発だけ、PdMだから機能設計だけ、広報だからプレスリリースだけ、という縦割り発想ではない。

インパクトを出すという本質に貢献するのであれば、別にエンジニアが広報してもいい。それがプレイドの組織のおもしろさだと思います。だから開発して、社内外に届けてインパクトを出すことに成功すれば、「こういう動き方もあるぞ」というロールモデルになれると思うんです。こういう人材が増えればプレイドはもっと強くなれると信じています。そこにチャレンジしたい。チャレンジします。

──最後に、読者の方々へのメッセージをお願いします。

ぼくたちは今、大きなインパクトを出し得るプロダクトをつくっています。ぼく含めて、プレイドにはそう信じて開発するメンバーがたくさんいます。そこに一緒に取り組みたい、本気で取り組みたい方にとっては、存分に力を発揮できる環境があります。

プレイドは、たしかに創業直後のスタートアップに比べれば規模は大きいですが、その分めったに味わえない困難と責任があります。役職や肩書も、本質ではありません。ぼくたちはインパクトを出せる仲間を求めています。今回はじめてプレイドを知った方も前から興味を持ってくれていた方も、自分のようにもう一度プレイドで挑戦したいという方も、一緒にこのハードシングスを楽しめる方と出会えることを願っています。


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