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「ルールを鵜呑みにしてはいけない」増大する複雑性に対応するために、なぜアジャイル・ガバナンスが必要なのか?
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「ルールを鵜呑みにしてはいけない」増大する複雑性に対応するために、なぜアジャイル・ガバナンスが必要なのか?

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私たちを取り巻くルールや制度を中心に、現場の第一線で活躍する方や有識者から話を伺い自ら学ぶと共に、その学びを世の中に発信することを通して、より良いCXを探求するPLAID Legal noteの第2回です。

今回は、2021年7月30日に経済産業省から公表された「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」の作成に関わられた経済産業省の羽深宏樹さんに「アジャイル・ガバナンス」について聞きます。

はじめに:「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」の概要

まずは、ここで主題となっている「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書の概要を追ってみましょう。

「アジャイル・ガバナンス」とは、固定的なルールや制度に従うというガバナンスではなく、様々なステークホルダーがルールや制度のあり方を継続的に評価し、迅速にアップデートしていくガバナンスのことです。

現代は、高度なデジタル技術に支えられた、いわゆる第四次産業革命の時代です。このような高度なデジタルシステムを基盤とする社会は、複雑で変化が速く、リスクの統制が困難です。また、プライバシーや持続可能性など、ガバナンスによって達成すべき社会的価値の内容も多様化しています。

このような流動的な時代には、ルールや制度を常に見直して、継続的かつ高速にアップデートしていく必要があります。そして、そのためには、政府だけでなく、企業や個人を含めた社会全体でガバナンスに取り組む必要があります。これが、アジャイル・ガバナンスの考え方です。

なぜ、アジャイル・ガバナンスが必要なのか?

――はじめに、報告書の問題意識について簡単に説明をお願いします。

アジャイル・ガバナンスとは、社会の中にイノベーションを次々に実装していくために考えられたガバナンスモデルです。

イノベーションの意味を理解するために、似た概念であるインプルーブメント(改善)やインベンション(発明)との違いから考えてみましょう。インプルーブメントは連続的な改善ですが、イノベーションは全く新しい価値の創造を伴うもので、その意味で非連続的なものです。

また、インベンションというのは技術的な発明を意味しますが、そうした発明が社会に実装され、新しい価値の成立を伴うことではじめて、これをイノベーションということができます。

このように、イノベーションとはこれまで想定されていなかった方法で価値をもたらすことなので、必然的に、既存のルールの空白地帯に切り込むか、あるいは既存のルールとぶつかることになるのです。こうしたイノベーションに対して迅速に適切なルールや制度を設計できる社会こそが、イノベーティブな社会なのです。

それでは、今ある法律や制度を迅速にアップデートしていけば、イノベーティブな社会になるのでしょうか?おそらくそうではない、というのが我々の考えです。その理由は、大きく分けて二つあります。

一つめは、現代におけるイノベーションのスピードが非常に速いことです。たとえば、ディープラーニングによるAI、iPhoneなどのスマートフォン、AWSなどのクラウドサービス、ビットコインなどの仮想通貨……たった十数年で世界は目まぐるしく変わりました。リスクやそれに対処するための方法が日々更新されるため、仮にルールを作ったとしても数年で使えなくなってしまうことがたやすく予想されます。

二つめは、ガバナンスによって達成すべき目的(ゴール)もどんどん複雑化していることです。第四次産業革命の技術は、人間の意思決定にシステムが直接影響してくる社会です。これは、機械が人間の指示のとおりに動けばよかった時代とは全く異なります。こうした社会において、プライバシーや安全性、持続可能性といった目標をどのように定義し、システムに落とし込むかは、簡単に答えが出る問いではありません。

こうした社会の目まぐるしい変化やゴールの複雑化を踏まえると、ルールや制度といったガバナンスの仕組みは、社会や価値観の変化に常にキャッチアップするものでなければなりません。そのためには、従来のような硬直的なルールベースのガバナンスから脱却する必要があります。

報告書のポイントを紐解く

――報告書の中で紹介されているアジャイル・ガバナンスのモデルについて、簡単にご説明頂けますか。

出所:Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」図4.1.1

報告書では、アジャイル・ガバナンスのサイクルとして、上の図のような形のサイクルを提唱しています。「システムデザイン」から始まる内側のサイクルはPDCAサイクルですが、デジタル社会ではこれだけでは不十分です。なぜなら、制度(システム)の前提となるリスク環境やゴールが日々変化してしまうからです。この「制度の前提を疑う」プロセスが、外側のサイクルになります。これがアジャイル・ガバナンスの一つめの特徴です。

二つめの特徴は、透明性やアカウンタビリティを重視していること。これは、企業を中心とするマルチステークホルダー、つまり一般生活者含めた様々なステークホルダーが自らのガバナンスをしっかり行うという分散型のガバナンスモデルを想定しているためです。図でいうと右下の矢印にあたります。

――なるほど。それはソフトローや共同規制を重視するということでしょうか?

ソフトローは一つの重要な要素です。事前にかっちりとルールを決めることが難しい時代には、ガイドラインなどの柔軟なソフトローによって、企業の自主的な取り組みをサポートすることが重要になります。しかし、ソフトローだけでは十分ではありません。ソフトローとハードローは「or」ではなく「and」の関係なのです。デジタル社会では、ハードローで詳細を規定することは難しいですが、ハードローの定める原則や方針に反する行為に対しては、インパクトのある制裁をできるようにしておく必要があります。その際、どういうことをやっていればハードローの原則や方針に合致するかということを柔軟に規定するのが、ソフトローの重要な役割です。

次に、共同規制とは、政府が大枠を定め、企業の側で、その具体的なルールを作っていくことです。例として、2021年2月に施行された、「デジタルプラットフォーム取引透明化法」という法律があります。この法律は、対象となるプラットフォームの事業者に対して「取引を公正にするための取組を自主的に行い、その状況について報告書を出してください」ということを求めています。そして、様々なステークホルダーがそれを評価します。レポートに対する第三者の評価が公表されると、レピュテーションに影響するので、より良い実務慣行に向けた議論が深まると考えられます。これも、マルチステークホルダーによるアジャイルなガバナンスの一形態です。

――レピュテーションへの影響という言葉がありました。レピュテーションが大きな影響力を持つのは、より具体的にはどのようなときでしょうか。

最近は、誰もがTwitterなどのSNSを通じて情報発信ができます。そして、このようなSNSでの情報発信などによって企業のレピュテーションが形成され、企業に対して大きな影響力を持つことがあります。

このような誰もが情報発信でき、企業などに対して大きな影響力を与えることができるのは、新しい民主主義のあり方ではないかと思っています。ただし、SNSの普及に伴って世界中で世論が分断され、ときに意見の先鋭化と分極化を招いたように、単に世論を放置しておけば民主主義の質が上がるというものでもありません。

それでは、偏った意見や誤った情報を、全てプラットフォーム運営者の責任にすればよいかというと、そうした考え方も極端です。マルチステークホルダーで情報の正確性を検証したり、ユーザーが偏りのない情報に触れる機会を確保したりすることが、今後の社会において極めて重要になるでしょう。

コロナ対策を例に、アジャイル・ガバナンスのイメージを掴む

――アジャイル・ガバナンスを具体的にイメージできるような例をお聞かせください。

アジャイル・ガバナンスの実装は日本でもまだこれからですが、なぜアジャイル・ガバナンスが必要かということをイメージしていただくために、新型コロナウイルス対策を例に考えてみましょう。

コロナ対策は、政府だけではなく、社会全体で取り組む必要がある課題です。政府としては、水際対策や、事業者への休業補償、ワクチンの手配や接触確認アプリの提供を行い、これらに関する法改正も行いました。民間主体の中には、ワクチンを開発した製薬企業や、コロナ患者を受け入れた民間病院など、最前線でコロナと戦って下さっている方々もいますし、そうでなくても大多数の企業はリモートワークの実施や定期的な換気などで感染抑止に努めています。また、個人のレベルでも、マスクを付けたり、手指消毒したり、行動を自粛したり、ワクチンを接種したりという対応をしてきました。このように、社会全体で戦わなければ対応できないのがコロナという新たな脅威です。

そこで問題となるのは、こうした社会の様々なステークホルダーによるコロナに対するガバナンスを、どうやって相互に連携させて、アジャイルにアップデートしていくかという点です。昨今も、一旦感染が落ち着いた後にオミクロン株が急拡大するなど、コロナの状況は刻一刻と変わっていきます。そうした中で、常に最新の状況を把握しつつ、各ステークホルダーの協調を引き出すためにどのような制度やシステムを作っていくかが、ガバナンスに求められる視点です。あまり細部まで法律で定めてしまうと、事態の急変に対処できなくなりますが、抽象的なルールだけだと現場は混乱します。なので、大枠は法律で定めつつ、具体的な基準はガイドラインなどで迅速にアップデートするというアプローチが重要になるでしょう。それらを踏まえつつ、最終的には、各主体が自らの置かれた状況を考えながら適切に対策を行い、それを第三者に開示していくことも重要です。この一連の過程では、個人やコミュニティを含めた民間主体が広くリスク情報を共有して、制度のアップデートにつなげていくことが求められます。この際、対策を一方的に強化するのではなく、厳格すぎる制度を迅速に緩めるということも重要です。政府にはそうしたマルチステークホルダーによるルール形成が活発化するようにうまくファシリテーションしてくことが求められます。

さらに、感染症対策だけがガバナンスのゴールではないという点も重要です。感染症対策だけ厳しくやり続けると、今度は経済が大ダメージを受けますし、プライバシーにもリスクが及ぶことがあります。たとえば、日本の接触確認アプリは極めてプライバシーを重視した設計になっていますが、国によっては、感染症対策を重視して政府が個人の行動を追跡できるようにするという設計のところもあります。シンガポールのアプリでは、公衆衛生当局が登録者の電話番号を把握できるようになっていましたが、そこで得られた情報を刑事捜査にも使おうとしたところ、大きな問題になったということがありました。

このように、感染症対策と、経済成長やプライバシーといった複数のゴールをどうバランスさせていくかについても、常に見直していく必要があります。あるべきバランスは、感染症状の脅威や経済の状況によっても刻一刻と変わります。そのバランスについては、誰かが密室で決めるのではなく、オープンな議論を通じて様々なステークホルダーの意見を取り入れながら設計していくことが必要だと思います。

このように社会状況とゴールが常に動いていく社会のガバナンスは非常に難しく、これを達成するための方法論として報告書では「アジャイル・ガバナンス」という枠組を提唱していますが、その実装の在り方については今後より具体的に検討していく必要があると考えています。

――アジャイル・ガバナンスとコロナ対策の関連でいうと、情報開示(開示すべき情報の特定、開示のタイミング・手法など)が難しいのではないかと思いますが、何が課題なのでしょうか?

政府や企業が情報開示をためらう背景には、情報を開示すると責められるのではないかという懸念があるからだと思います。誰も間違いを犯してはいけないという無謬性のような前提があるからです。しかし、コロナのように次にいったい何が起こるのかが誰にも分からないリスクについて、結果だけみて全くダメだと責め立てるというのは賢いガバナンスではありません。

重要なのは、何かうまくいかなかった時に、原因を究明して、その先への学びとして活かしていくことです。結果的に何か問題が起きたとしても、それだけをもって誰かを責めるということではなく、結果的にどこか間違っていたのかという評価をみんなで行って今後の改善につなげることが必要です。既存の制裁制度や責任制度は、こうした観点から見直されるべきだと思います。

――アジャイル・ガバナンスがうまくいっている国や先例はあるのでしょうか?

個別政策としての成功例はあると思いますが、アジャイル・ガバナンスの全体像を実践している国は、まだないと思います。その意味で、日本の提示した枠組は、外国からも好評を頂いています。

政策の具体例としては、例えばイギリスの金融分野で始まった「規制のサンドボックス」は、今では日本を含む世界各国で導入されています。これは、新たな技術やビジネスモデルについて、実証実験に基づいて規制を作っていくアプローチです。民主主義の実質化については、台湾において、人々の署名が5000件以上集まった政策については、必ず行政において何らかの応答をするというような制度があります。

日本でも、アジャイル・ガバナンスの枠組みに沿ったAIガバナンスのガイドラインが公表されました。11月には、「デジタル臨調」という、規制・行政・デジタル改革に取り組む会議体が発足し、そこで提示されたデジタル原則に「アジャイル・ガバナンス原則」が含まれています。今後は、日本も大幅にデジタル時代にあったガバナンスモデルに舵を切っていく予定です。実践はまだまだこれからですが、この分野で、世界の先頭に立てるようにしたいと考えています。

――事業者としては、今後どのように取り組んでいけばよいのでしょうか?

端的に言えば、「ルールを鵜呑みにしてはいけない」ということです。ルールや制度は、何かの目的を達成するために人が作ったものにすぎません。それを守ること自体が最終的な目的なのではないのです。だから、ルールや制度がその目的を達成する上で機能しているかを評価して、それがうまくいっていなければ、アップデートしていくことが重要になります。

それでは、政府がすべてのルールをアップデートできるかというと、そこには限界があるというのが、このデジタル社会です。事業者や個人を含めた社会全体が、今あるルールを疑って、批判的に検証し、自分たちの力で作り直して行く実践が求められているのです。

編集後記

今回、羽深さんからは、高度なデジタル技術に支えられた現代社会において、イノベーションを促進しつつ、適切なガバナンスを行っていくためには、単に内部的なPDCAを回すだけではなく、常に外部環境の変化やリスクの変化、それに伴うゴールの変化を評価しつつ、ガバナンスを行っていくことが重要であるといった話がありました。

我々にとって身近な事例である新型コロナ感染症に関する事例など、その重要性は我々にとってよく理解できるとともに、企業の活動に関しても非常に共感する点の多い話でした。

アジャイル・ガバナンスでは、外部環境及びその変化と、これに基づくリスク状況の分析をし続けていくこと、外部システムからの影響等を踏まえてガバナンスを見直すことなどが重要とされています。ステークホルダーをはじめとした外部環境に対する透明性をどのようにして確保し、どのようにしてアカウンタビリティを果たしていくのかは、デジタルプラットフォーム取引透明化法や、個人情報保護法の令和2年改正などに関連しても問題となる点であり、今後、国や企業にとってより一層重要になってくるのだろうと思います。

また、インタビューの中で出てきた「実質的な民主主義」の話とも関連して、国や企業などがステークホルダーや外部環境からの評価を踏まえて、アジャイル・ガバナンスを実現していく上では、ステークホルダーや外部環境から評価が適切になされることや、国や企業がその評価を適切に受け止めることも重要と思われます。

この点、個人をはじめとした多くの者から様々な情報発信が行われる現代社会において、どのように健全な言論環境を実現するかについては、最近、鳥海不二夫教授と山本龍彦教授から、「共同提言「健全な言論プラットフォームに向けてーデジタル・ダイエット宣言 ver.1.0」」という共同宣言も出されているところであり、今後の一層の議論が注目されます。

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