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元前橋市長・山本りゅうが事業開発組織へ参画。自治体向けDX支援プログラムに感じた魅力と創出したい価値とは?

「産業と社会の変化を加速させる」をミッションに掲げ、各産業のフラッグシップとなる事例を創出する事業家集団「STUDIO ZERO」では、自治体による市民・住民体験(Citizen eXperience)を向上していく組織を自治体内に内製化するための伴走支援型プログラム「.Gov(ドットガブ)」を2023年3月にスタートしています。今回、.Govのアドバイザリーフェローに元前橋市長の山本りゅうが就任します。

市長経験者と事業開発組織がなぜタッグを組むことになったのか、共にどんなことを成し遂げていきたいのか。.Govアドバイザリーフェローの山本りゅうとSTUDIO ZERO代表の仁科奏に話を聞きました。

データドリブン行政を実行していた市長時代

――山本さんは2024年2月まで前橋市長として手腕を振るっていました。そもそもなぜ地方自治を志したのでしょうか。

山本:それほどドラマチックなヒューマンストーリーがあるわけではないのですが、私は群馬県草津町の開業医の家で育ちました。山奥に一軒しかない医者で毎日診療する姿を見ていたので、地域医療に憧れ、下宿して前橋市で学び始めました。

ところが2浪しても医学部に入れず、諦めて別の大学に進んだところ、後に内閣総理大臣となる小渕恵三さんに出会ったわけです。それで「社会の医者になるぞ」と政治を志し、小渕氏の代議士秘書を経て、1995年に群馬県議会議員に初当選。そこから県議会議員として4期、2012年からは前橋市長を3期務めました。

山本りゅう

――長い政治活動の経験から、地方にはどんな課題があると感じていますか。

山本:前橋市の例でお話しますと、2020年の人口ピラミッドは男女共に70~74歳が最多です。それが2050年になると、男性は75~79歳、女性は男性より長生きをして90歳以上が最も多くなります。つまり高齢者の特に女性が配偶者を失くして、一人になる未来が見えます。だからこそ高齢者の健康を維持して生き甲斐を生み出すことが大切です。そして同時に出生率の減少も深刻で、子育て支援も重要な課題です。もちろんこれらは前橋市だけでなく、日本全国の多くの自治体が抱えている課題です。

このように未来を予測し、課題を可視化し、ソリューションを考えていく。私はそれをデータドリブンでやってきました。政治家の勘と度胸だけで、大向こうを唸らせようとするのは、よくないんですよ。データを分析して、EBPMを推進し、PDCAを回して課題解決のための施策を展開する。「システムによって世の中を合理的に支える」ということです。

――前橋市長時代には、独自のデジタルID「めぶくID」の整備を始め、先進的なデジタル施策を多数実施されていましたね。

山本:高齢者だけでなく、出会い・結婚から、出産、教育、老後まで、人生のあらゆるフェーズを一気通貫で応援したいと考えた時、個人の人生にどうアプローチしていくかが課題になります。利用者が情報の紐付けを承認するオプトイン形式だと、すべてをサポートするのは難しい。でも、個人を特定できるIDと紐付けてライフログを取ればそれができる。母子健康手帳の申請があれば数カ月後に母親になる未来が見えるし、配偶者の死亡届を出したら一人暮らしになることがわかる。未来を予測できれば、都度必要なサポートができます。適切におせっかいな行政を実現できると確信していたので、めぶくIDの整備に踏み出せたわけです。

――ほかに移動が困難な高齢者に向けたAI配車タクシーなどMaaSの実証実験も進めていました。しかし高齢者にとって、デジタル化やスマートフォンの利用はハードルが高くありませんか。

山本:確かに実証実験では、タクシーに乗る場所と目的地を選ぶためにスマートフォンの操作が難しいとの意見もありました。でもインターフェースが改良されれば、近い将来「何処へ行きたい」とつぶやくだけで最適な時間と場所にタクシーが迎えに来るようになるでしょう。人がテクノロジーを学ぶのではなく、テクノロジーが人に寄り添う時代になります。

高齢者の単独世帯が増えていく未来において、生きがいや暮らしの喜びを与えられる手段の一つは「集い」です。私はデジタルを助け合いの基盤にしたいと常々考えてきました。まだ利用者は少ないものの、前橋市では温泉やハイキングなどに出かける仲間を見つけられるデジタル掲示版も構築しています。

――テクノロジーの進化と共に、自治体ができることは今後も増えていきそうですね。

山本:そうですね。ただし、発想の順序としては、まずデータから導かれる解決すべき課題があり、そこに使える最新テクノロジーはないかと探します。新しい技術は積極的にキャッチアップしますが、良い技術を見つけたからといって、無理やり使い道を考えることはしません。あくまで目指したい社会の実現のために最適な技術を検討するようにしてきました。

ちなみに前橋市はイタリア発祥のスローシティ国際連盟に加盟し、「デジタルグリーンシティ前橋」を掲げてデジタルの力を活用したスローなまちづくりに取り組んでいますが、デジタルはあくまで時間や心の余裕を生み出すための手段という位置づけで考えています。

――デジタル化自体を目的にしない、ということですね。

山本:そうです。それから行政運営には民間の力を活用することも大事だと考えています。前橋市の介護タクシーもオープンデータを活用して民間のタクシー事業者が始めた取り組みですし、都市再生推進法人に指定された民間団体が国交省の予算を取って河川事業を行った例もあります。市内に作ったスケートボード専用広場の整備は利用者と協力して進めてきました。みんなで知恵を絞って、自由に動けばいろいろなことができる。首長がやるべきことは、みんなを寛容に励ますことだと思いますね。

「次の世代と共に地域に光を当てていきたい」

――2024年2月に市長を引退してからはどうされていましたか。

山本:一人の市民として、自分が目指してきた社会を築きたいと願っています。まずは書籍という形で社会にメッセージを発信したいと考え、8月発売の『世界が100%変わる日 山本龍の確信』を執筆していました。

執筆中、偶然STUDIO ZEROを知る機会があり、「10年後の日本を変える」というメッセージに強く共感しました。しかも、データを軸にしたソリューションで社会を変革しようとしている。まさに私が長らく取り組んできたことです。すぐにコンタクトを取りました。

仁科:元政治家からのコンタクトは初めてで驚きましたが、話してみると、すぐに意気投合しました。特にSTUDIO ZEROのスタンスである「ART」について、強く共感し合えた記憶があります。ちなみにARTとは、AはAufheven(アウフヘーベン/意見を交差し、思考を昇華させる)、RはRespect(リスペクト/真摯に、互いを認め合い、顧客目線で)、TはTravel(トラベル/ワクワクするような未到の地を探求する)の頭文字です。

山本:Aufhevenはヘーゲルの弁証法ですよね。テーゼとアンチテーゼを統合して、さらに高いレベルの結論に導くという。これがストンと腑に落ちました。市長としても意識してきたことですし、デジタル化によって昔のやり方を一掃するのではなく、両方を結び付けて新しい形を作ることもまさにそうだなと。

仁科:りゅうさんと話して感じたのは、ものすごく高いレベルでテクノロジーの可能性を信じているということ。すでに多くの社会実装事例を作っていることからもわかりますが、思考の切り替えや展望の捉え方が非常に柔軟。個人的に政治家は「AはAである」と意見が揺るがない人が多いイメージだったので、考え方やコミュニケーションがこれほど柔和な人が行政トップにいたことに驚きました。


仁科 奏 (STUDIO ZERO代表)

山本:私も仁科さんと話してみて、改めて面白いことをやっているなと。次の世代の人たちが、これほど良いものを作り、熱い想いを持って各地域へ光を注ごうとしている。それを知って嬉しかったですね。初めて会ったその日の夜、妻に「もう次の世代こそが、世の中を動かす主役なんだ」と話した記憶があります。

――最終的に.Govのアドバイザーフェローとして参画した決め手は何でしょうか。

山本:一番はプレイドが持つ高いテクノロジーへの期待です。この技術やそれを活かしたアプローチで救われる暮らしがあると確信できたことですね。

どこの首長も似たようなことで悩んでいるので、そこに何らかの解を示せるだろうと思いました。本当に良いものを作っているので、それを伝えることに力を添えていきたいなと。あとは地方自治体におけるデータ活用はまだまだブルーオーシャンですから、やれることがいくらでもあって面白そうだと思えたのも参画を決めた理由です。

行政手続き簡素化が住民や職員の余暇時間を生む

――STUDIO ZEROが展開している.Gov事業は、現状どういったフェーズでしょうか。

仁科:.Govでは、行政のサイトに集まるデータを分析して市民・住民体験の向上に必要な施策を導き出し、サイト改善などによって、交流・関係・定住人口増加に貢献することを目指しています。サービス開始から1年半近くが経ち、自治体とのリレーションも順調に構築できています。また成果も出始め、継続してサービスをご利用くださる自治体が増えています。

いくつか具体例を紹介しますと、最初のクライアントである奈良市では、ウェブサイトの改善によって、移住希望者の問い合わせ増加や子育て関連の手続き簡便化を図りました。また、山梨県では県公式観光サイトのユーザーの属性や行動を可視化し、サイトコンセプトやターゲットの設定のためのワークショップを開催して改善につなげています。交流人口・関係人口・定住人口のそれぞれに対してのソリューションが作り出せている状況で、ここからは他の自治体にユースケースを展開し、大きく事業を拡大していくフェーズです。

――山本さんはアドバイザリーフェローとして、どんなことに取り組んでいきたいと考えていますか。

山本:まずは行政手続きの簡素化です。住民が行政機関に用事があるというのは、ほとんどが何かの手続きです。しかもそれ自体が目的ではない。たとえば自動車の納税証明書を取りに来る人は、納税証明書自体が欲しいのではなく、自動車を買うために必要な書類を揃えているだけ。できるだけ簡素化できたほうがいいわけです。ほかにも煩雑な手続きが必要なおくやみ関係の手続きの一元化、保育園の空き情報の可視化など、簡素化へのニーズが高い勘所は押さえています。手続きのオンライン化では、プレイドが提供するCX(顧客体験)プラットフォームである「KARTE」を活用できる部分もあるでしょうし、.Govとして貢献できることは多いはずです。

行政手続きの簡素化は、住民の利便性向上だけでなく、職員の業務効率化や働き方改革にもつながります。実は2023年夏に前橋市で1カ月だけ、週休3日制を試行してみたことがありました。ただ、庁内からも市民からも「なぜ?」という声が上がりました。

やはり新しいことを始めるには抵抗を伴います。でもその先には、個人の生活充実や成長が叶う未来があります。行政手続きの簡素化で暮らしが便利になれば、定住・移住人口も増え、職員の負担も減り、みんなが幸せになれる。本来取り組むべき業務に集中できるという側面もありますし、余暇時間の確保にも繋がる。全ての人が時間を有益に、自分の好きなことや生きがいに使ってほしいと願っています。

また、余暇時間が増えれば、それを充実させるためのオンライン起点の「集いの場」も増えていくでしょう。交流人口や関係人口は世界中の人が対象であり、関係を築く第一歩はウェブサイトへの訪問です。観光サイトやふるさと納税サイト、産地直送通販サイトなどは多くの可能性を秘めています。そこにKARTEがどう寄与できるかも考えていきたいですね。

ただし、行政職員の皆さんは日々の業務が逼迫していることもあり、新しいツールを活用したりノウハウを率先して習得する時間がないケースが多いです。
そのため、単にツールを提供するスタンスでは本当の意味で行政の変革を行うことは難しいため、STUDIO ZEROのメンバーが行政職員の皆さんと一緒に業務自体の改善に取り組みながら、データが実務に及ぼすインパクトを検証・証明していく必要があると思っています。
その意味で、.Govという行政経営改革に特化したサービスには大きな可能性を感じます。

行政のプロの目で.Gov事業のスピードを加速させる

――山本さんが加わることで.Govにどんなインパクトや変化があると考えていますか。

仁科:早速助言をもらって動いているのですが、これまで我々は行政経営者の視点を持ち合わせていませんでした。市民や一ユーザーとしての視点で提案をしたり、民間の事例を行政へ展開したりしてきたんですね。それも一つのアプローチ方法ではあるものの、実際は「なかなか響かない」と感じることもあって。

やはり民間と行政では、説明の仕方や資料の見せ方一つとっても、変えていかなければ、我々の世界観が伝わりにくい。りゅうさんに指摘されて、確かにそうだなと。

山本:市長時代にも民間企業から最新テクノロジーの話などを聞く機会は多かったのですがが、立場上「どう予算を組むか」や「職員が使いこなせるか、システム導入がかえって手間にならないか」をまず考えてしまう。それらに対する明確な解がなければ、いくら技術の先進性や描ける絵姿が魅力的でも取り入れるのが難しいんですよね。

仁科:今後は、コミュニケーションを行う相手によって、より適切なアプローチができるようにしていきます。部署ごとにミッションが違うのであれば響くフレーズも違うだろうし、役職ごとのカスタマイズも必要。首長レベルであれば、理想の絵姿をイメージできること、そして住民にも評価される、言い換えると選挙で票に結び付くような施策であることも一定は大事。一方で、現場の職員は新しい業務で手間が増えることをネガティブに捉えがちなので、懸念を払拭できる説明や準備が必要。すでに資料のアップデートを進めており、近く展開予定です。行政のプロの目が入ったことで、今後は提案の精度や伝える速度を一気に上げていけると思っています。

――一緒に働くメンバーへの影響という点ではいかがでしょうか。

仁科:STUDIO ZEROは事業家集団であり、元スタートアップの経営者や事業家など民間ビジネスの世界では力を発揮してきたメンバーばかり。しかし行政という世界で長年旗を振っていたリーダーと一緒に動くのは全員が初めての経験。今、メンバーが続々、りゅうさんと話す場を持っていますが、学びが多く刺激になっているという声を聞き、視点を多様化することの重要性を実感しているところです。

作りたいのは行政システムではなく社会システム

――.Govの今後の展望や可能性について、山本さんが思うところをお聞かせください。

山本:市長はもちろん、自治体で働く職員も、基本的には「世の中の役に立ちたい」という強い想いを持つヒューマニストです。しかし、特に職員は古いしきたりやしがらみでうまく動けないことも多いのが現状。いくら良いソリューションを提案しても、「今それを言われても導入は困難」ということもある。それを理解して助けられるSTUDIO ZEROであり、.Govでありたいと思いますね。

そもそも社会は行政だけが担うのではなく、民間と一緒に作っていくもの。人の行動や人生を把握し、予測して、応援していくのは行政システムではなく、社会システムです。.Govの伴走支援はまさに世の中を変革する一歩になると考えています。

同時に、政府にこうしたソリューションやテクノロジーの重要性を伝えていくことも必要だと感じています。私個人の意見ですが、全国の自治体のホームページにはKARTEの仕組みを標準装備したほうがいいと思っています。自治体のウェブサイトは2万ページ以上あることも珍しくありませんし、単にPDFを貼り付けただけのページも多い。チャットボットなども導入していますが、それだけでは充分とはいえません。

ウェブサイトのアクセシビリティの構築事業には政府の補助も出ていますが、推奨システムまで明示したほうが取り組みやすいはず。今は自治体クラウドに向かって動いていますが、それだけではなく、必要な合理化は合わせて取り組んでいくべきだと思います。まずは意見交換から始めたいですね。

本当に良いものを作っていれば、社会は必ず変わっていく。私はそう信じています。これまでの市長として知見を活かしつつ、別の場所から新しい世界を見て、より良い未来を作っていく。それができる.Govというバスに乗れたことに、今非常にワクワクしています。